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仙台高等裁判所秋田支部 昭和35年(ナ)1号 判決

原告 能登谷八蔵

被告 秋田県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

原告訴訟代理人は「被告が昭和三五年八月六日執行の秋田県北秋田郡鷹巣町坊沢財産区議会議員一般選挙の当選の効力に関する訴願につき同年九月二七日なした裁決を取消す。原告は選挙会において決定せられた当選を失わない。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

(主張)

原告訴訟代理人は、請求の原因として

一、原告は昭和三五年八月六日執行された鷹巣町坊沢財産区議会議員一般選挙に際し立候補したものであるが、右議会議員の定員は一二名のところ、立候補は原告を含む一六名であつて、訴外寺田豊蔵もまたその立候補者の一人であつた。

二、右選挙は同年八月六日即日開票の結果、同選挙会は原告を第一二位の有効得票数七一票六四五を以つて当選者と決定し、寺田豊蔵候補は第一三位の有効得票数七〇票の次点者と決定した。

三、ところが選挙人訴外寺田勇治は同年八月八日之に対し選挙会において無効投票とされた朱色鉛筆で色別に記載された「寺田豊三」「てらた」「テラタ」「寺田」なる四票をも有効得票なりと主張して鷹巣町選挙管理委員会に異議の申立をしたところ、同委員会は之を受理して同年八月一三日前示各朱書投票の四票をいずれも寺田豊蔵候補の有効得票と認めて同候補の有効得票総数を七四票と認定し、同候補を第一二位の当選者となし、原告を次点者として「この異議の申立は認容する」と決定し、即日その旨の告示をした。

四、よつて原告は同年九月一日被告に対し前示鷹巣町選挙管理委員会のなした決定の取消を求める旨の訴願を提起したところ、被告は投票を検討した結果、寺田候補の有効得票中に原告の主張する朱色の鉛筆で書かれた投票が四票存在することを確認しながら「元来投票の記載の手段、つまり使用する鉛筆等については法令は格別規定していない。要するに朱色の鉛筆の使用を禁じた規定はないのであるから、色素のある記載である限り法令の規定に違反しない」とし、また「前記投票の判断については投票自体の記載よりなさるべきであつて」との理由を以つて之を寺田候補の有効得票として町選挙管理委員会の決定を妥当であるとして同年九月二七日原告の訴願を棄却し、同月二八日その裁決書を原告に交付した。

五、被告は「訴願人の云い分は、いわゆる何かの目印しのためだとしているに過ぎない」とあつさり片付けているが、投票に何等かの目印しを記入することそれ自体法の禁ずるところであり、且また投票に選挙人の氏名を記載することも禁止しているのであるから、故意に投票所備付の黒色鉛筆を用いないで朱色鉛筆を以つて投票用紙に選挙人の何人であるかを色別をもつて暗示するがごときは悪質な脱法行為即ち公職選挙法第四六条第二項、第六八条第五号の規定を潜脱する無効の投票といわなければならない。因に被告及び町選管は、法律上無効投票は同法第六八条列挙のものに限られ、またその有効無効は投票に記載されている文字自体のみによつて判断すべきで他を顧みる必要がないような論調にみうけられるが、無効投票なるものは決して同法第六八条に限定されるものでないことは、同法第二〇九条の二に規定する本来的無効投票の存することからも明白である。本件選挙において開票の結果総投票数一三〇六票中朱書投票が寺田候補に属する四票にすぎないものであることは被告も之を肯認しているところであるが、右朱色投票四票は、寺田候補が選挙人寺田俊一を強迫して同人およびその家族にして有権者である同人の妻、母、妹をして自己に投票することを承諾せしめた上その投票の目印しとして故意に投票所備付の黒色鉛筆にあらざる朱色鉛筆をもつて投票することを要求した結果に外ならないものである。

以上の次第であるから鷹巣町選挙管理委員会の寺田候補の得票数に右朱書投票四票を有効得票中に加算すべきものと主張する寺田勇治の本件異議の申立を認容する旨の決定を是認した被告の裁決は違法であるからその取消を求めるため本訴に及んだ、

とのべた。

被告訴訟代理人は答弁として

一、原告主張の第一乃至第四項の事実はすべて認める。

二、同第五項については所論の朱色による投票の記入を禁止する法的の根拠は何もなく、又之等投票が公職選挙法第四六条第二項、第六八条第五号の規定を潜脱したものとは謂い得ず、又寺田候補が選挙人寺田俊一を強迫し、所論のごとく自己に投票することを承諾させた事実もないから被告の裁定は正当であり、本訴は理由がない

とのべた。

(立証)

原告訴訟代理人は証人永井与蔵の証言、原告本人尋問の結果を援用した。

理由

原告が昭和三五年八月六日執行された秋田県北秋田郡鷹巣町坊沢財産区議会議員一般選挙に立候補したこと、右選挙は同年八月六日即日開票の結果、原告を有効得票数七一票六四五の最下位当選者、寺田豊蔵候補を有効得票数七〇票の次点者と決定したこと、ところが選挙人訴外寺田勇治より同年八月八日鷹巣町選挙管理委員会に対し、選挙会において無効投票とされた朱色鉛筆で記載された「寺田豊三」「てらた」「テラタ」「寺田」の四票は寺田候補の有効得票である旨主張し右選挙の当選の効力につき異議の申立をした結果、同選管は同月一三日右異議の申立を容れ、改めて寺田候補を有効得票数七四票の最下位当選者、原告を次点者と決定し、即日その旨の告示をしたこと、そこで原告は同年九月一日被告に対し右町選管の決定の取消を求める旨の訴願を提起したが、被告が原告主張のごとき理由で原告の訴願を棄却し、同月二八日その裁決書を原告に交付したことはすべて当事者間に争いがない。

ところで原告は、前記朱色鉛筆で記載された四票は公職選挙法第四六条第二項、第六八条第五号の規定を潜脱する悪質な脱法行為として無効な投票であり、且右朱色投票は寺田候補が選挙人寺田俊一を強迫して、同人及びその家族の有権者等をして自己に投票することを承諾させ、その目印しとして選挙人において故意に行つたものであると主張するので審案すると、公職選挙法第四六条第二項が投票用紙に選挙人の氏名を記載することを禁止し、同法第六八条第五号が投票用紙に他事を記載することを禁止しているのは、選挙人が投票用紙に自己の投票を他と識別させる記載をすることにより投票における秘密の保持がやぶられることを防止する趣旨であることが明らかであるから、投票が右法条に牴触して無効となるかどうかは、投票の記載自体又は他の事情から選挙人において、右のごとき意図のもとに該投票がなされたことが明認し得る場合に限るといわねばならない。ところで寺田候補が選挙人寺田俊一を強迫して自己に投票することを承諾させた旨の原告主張事実は之を認めるに足る証拠はないから、原告の主張は結局朱色鉛筆で記載された投票が前記法条を潜脱する脱法行為として無効であるというに帰するのであるが、投票が朱色鉛筆で記載された一事を以つて、直に当該選挙人において前記のごとき意図のもとに行われたもので、右各法条を潜脱する脱法行為であると断じることはできないから、原告の訴願を棄却した被告の裁決は正当であり、原告の本訴請求は理由がないから之を棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 石橋浩二 佐竹新也)

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